読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ぶろぐめんどくさい

技術系の記事と漫画レビューが入り混じった混沌

誰かがこう呼ぶラフ・メイカー

 僕はろくに片付いていない6畳の部屋の隅っこで膝を抱えて泣いていた。

「死んでしまえばいい」

 いつの間にかそうつぶやいた。うつ伏せた瞳から涙が落ちる。

 誰かがドアを叩いた。今は、誰かに会えるような気分じゃない。僕が無視しているとドアを叩く音はどんどん強くなってきた。うるさい。誰かのいたずらか? ドアフォンがあるじゃないか。なぜ今時、ドアを叩くのか。

 僕の問いに「おっしゃるとおりです」と言わんばかりに甲高い音がなった。ドアベルの音。変なやつだ、とうつむきながら僕は思った。静寂に響く余韻に僕は浸った。続く余韻に、相手方には実は何か立て込んだ用でもあるのではないのか、という気分になり始めた時だった。

 静寂を破る連打音。僕に芽生えた良心はその騒音に咎められた。

 僕はドアフォンの通話ボタンを押した。自分の腹の底から沸き起こるいらつきを抑えきれなくなったのだ。液晶画面が明るくなる。それは見知った顔ではなかった。宅配業者や水道業者でもなく、アパートの管理人でも住人でもなかった。後ろに付き添いの人間がいないことから宗教の勧誘でもないようだ。

 また、しばらくの静寂。相手はドアベルを押すのに夢中で、こちらの応答に気がついていないようだ。

「どちら様ですか」

 僕は精一杯の敬意を込めて言った。そいつは僕の声に驚いた。正確には、夢中になっていたドアベルから急に出てきた僕の声に驚いたようだった。  そいつは困惑しながらドアベルに向かって話しかけた。

「名乗るほど大した名じゃないが」一瞬の静寂のあと、そいつが表情を変えた。「誰かがこう呼ぶラフ・メイカー。あんたに笑顔を持ってきた。寒いから入れてくれ」

「今、忙しいんで」

 通話ボタンを押す。ドアフォンの液晶が暗くなった。僕は部屋の片隅に戻った。するとまた、ドアベルが鳴った。何度も、何度も同じ音が繰り返される。 またうるさくなった、と僕は思い、ドアフォンに向かった。

「迷惑です」僕は言った。

「そんな言葉を言われたのは、生まれてこの方初めてだ」そいつが言った。「非常に悲しくなってきた。どうしよう。泣きそうだ」 「…帰ってください」と僕は言って、そいつがなにかを言う前に通話ボタンをもう一度押してそいつとの会話をやめた。

 部屋の隅に戻る間もなくまたチャイムの雨が降ってきた。雨、いや嵐。6畳の部屋の中が洪水で水浸しになるくらいに。

「それだ―が生きがい―笑わ―ない―」

 ドアの向こう側から泣きじゃくる声が聞こえる。

 僕は1番を2回、0番を1回押して携帯電話を耳に当てた。

***

 静かになったな、僕はと思った。いつの間にかうるさかったその声は止んでいた。僕は一人、水浸しの部屋で泣いていた。

 一本の線が胸をすく。

 僕はドアに向かって歩いた。そこまで辿り着くと耳を澄ませた。外には誰も居ないのか、ひんやりとした空気が読み取れる。鍵を開け、取っ手をひねる。そのままゆっくりと力を入れる。僕は焦った。動かない。手が、これ以上、奥に進まない。溜まった涙の水圧?馬鹿な!

 誰か、そっちでドアを押してくれ! 鍵ならすでに開けたから! うんとかすんとか言ってくれ! どうした! おいまさか!!!

「ラフメイカー! 冗談じゃない!!!」僕は叫んだ。「あいつ、ドアを壊していきやがった!!!!」

 背中から窓の割れる音が聞こえた。後ろを振り返ると、鉄パイプを持って泣き顔のそいつが窓の外に立っていた。